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10 お兄ちゃん

Author: 栗栖蛍
last update Last Updated: 2025-05-22 08:02:27

 咲と同じ雨を仰いで、芙美は憂鬱な空に背を向けた。

 天気のせいか電車の中はいつもより客が多い。窓に沿ったベンチシートに湊と並んで、不安をかき消すように大きく深呼吸した。

「今日の海堂、ちょっと変だったな」

「湊くんも思ったよね? そう言えばこの間プールに行った後、咲ちゃん熱出したんだって。まだちゃんと治っていなかったのかな?」

「体調が悪いようには見えなかったけど、それもあり得る……か」

 ボディーガードという名目で咲が湊を誘い、三人で広井町のプールに行ったのは、つい一週間前の事だ。あの日はたまたま来ていた絢と養護教諭の佐野一華にプールで遭遇するというハプニングが起きたり、咲が他校の男子に声を掛けられたりと色々あったが、これといって風邪をひくような事をした覚えはない。いつも下ろしている髪をポニーテールにしたからという訳ではないだろう。

「もう雨は平気?」

 向かいの窓を伺って、芙美は「うん」と答えた。暗い雲で覆われた空はまだ晴れる気配を見せないが、今こうして電車の中にいるせいか自分が思う以上に落ち着いている。

「そっか。さっきは不安にさせてごめんな」

「12月に現れるっていう魔物の事? ううん、本当の事聞きたいって言ったのは私たちだし、ちゃんと話してくれただけなんだから、気にしないで」

「荒助(すさの)さん……」

「それより、湊くんはハロンを倒したら元の世界に戻っちゃうの?」

 ふとそんなことが気になって尋ねると、湊は「いや」と首を振った。

「向こうの世界のアッシュとラルは死んでからこっちに来てるから、もう向こうに戻る場所はないよ。ルーシャの力で、魂をこっちの身体に継がせたんだ。顔や体も今の親に貰ったものだよ」

 そういえば智が言っていたが、湊は前の身体では眼鏡を掛けていなかったらしい。

「じゃあ、昔の記憶はあるけど、今の湊くんはずっとそのままなんだね」

「そういうこと」

「なら良かった。戦いが終わってお別れになんて事ことになったら寂しいって思ったから」

「寂しいって、思う?」

 少し照れた顔を隠すように、湊は口元に手を当てた。芙美が「うん」と大きく頷くと、彼は一瞬迷ったように視線を漂わせ「ありがとう」と目を細める。

「俺たちはリーナとの別れを選ばなかった。何も言わずに彼女を残して転生してきたんだ。言ったらきっとついてくるって言うと思ったし、そんな彼女を跳ね除け
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    「ええええっ!」 驚愕に満ちた芙美の声が店中に響いて、ラジオの音すら掻き消される。他のテーブルから視線が一斉に集まって、咲が「すみませぇん」と可愛く手を合わせた。 智は視線が散らばるのを確認して、困惑する芙美を宥める。「そんなに驚くとは思わなかったな」「だって。ここに魔物が来るなんて言うから……」「大丈夫だよ、俺たちが仕留めて見せるから」 さっき智が言った『映画に出て来る大怪獣』というワードが頭から離れない。地球に飛来する大怪獣が街を一瞬で炎に包むシーンを、身近な風景に重ねてしまう。 背中に触れた咲の手に緊張を解くことが出来ないまま、芙美は智を見上げた。 彼の言った言葉を要約すると――つまり、二人の居た世界を脅威に陥れた『ハロン』という魔物を『次元の外』へ追い出した。それで一件落着したと思ったのに、ハロンは何故か、地球の、日本の、しかもこの町に現れるというのだ。「今年の12月って言ったよね? 今度の年末ってこと?」「そういうこと」 彼等の話を信じたいと思うのに、否定したい気持ちが先に出て現実味が沸いてこない。咲も「すごい話だけど」と首を捻った。「東京とかならまだ――いや、百歩譲って広井町なら分かるけど。こんなド田舎にピンポイントで現れるなんて話、信じろって言うのか?」「だから、信じるかどうかは任せるよ。ハロンがこの町を選んだんじゃない、たまたま辿り着くのがここなんだ」 「な」と顔を見合わせる智から引き継いで、湊が咲に声を掛ける。「海堂も怖いの?」「そりゃ、か弱い女子だからな」 咲は素直に認めるが、怖がっている様子はまるでなかった。組み替えた足にミニ丈のスカートがピラリとめくれて、芙美が慌てて手を伸ばす。「見えるよ、咲ちゃん」「いいんだよ。見た奴には千円ずつ払ってもらうから」「はぁ?」 「ふざけるな」と湊が目を逸らすと、智は「あっはは」と笑って芙美を振り向いた。「芙美ちゃんはどう思う?」「本当のことなんだよね……?」「うん。俺たちはまたハロンと戦う為に、ルーシャの力でこの世界に生まれ変わったんだ」「生まれ変わったってのは、俗にいう異世界転生してきたってやつだろ?」 咲の言う例えに、芙美はうんうんと頷く。アニメや漫画の設定でよくある話だ。湊も「まぁ、そういうことだ」と否定はしない。「異世界転生なんて言葉はこっちに来

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  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   4 ソフトクリームを食べてから本題に入りたい

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